MENU

恋愛の有無を聞かれる会話にモヤっとする夜。人間関係が少し優しくなる質問のしかた

元気な女性
  • URLをコピーしました!
目次

「彼氏いないの?」って聞かれるより、「最近どう?」のほうが、ちゃんと人として扱われてる感じがする日がある

食事をする女性

今朝は、洗いきれていないマグカップがシンクにひとつだけ残っていて、昨日の自分の雑さがそのまま置き去りにされているみたいで、なんとなく見ないふりをしたまま、白湯だけ飲んで家を出た。


三月の空気はもう冬ほど冷たくないのに、朝の駅までの道はまだ少しだけ身構える感じがあって、上着のポケットに手を入れながら歩いていたら、信号待ちのところで、少し久しぶりに会った知り合いに声をかけられた。

ほんの数分の立ち話だったと思う。
天気のことをひとつ、仕事のことをひとつ、それから流れで、「で、彼氏は?」と聞かれた。

たぶん、悪気なんてない。
たぶん、その人の中では世間話のひとつで、会話をつなぐための無難なカードだったんだと思う。
でも、その瞬間に私は、自分の近況ではなく、自分の“進捗”を聞かれたような気がして、ちょっとだけ気持ちが引いた。

しかも嫌だったのは、その質問そのものだけじゃなくて、私はもうそういう場面で、ほぼ反射みたいに笑って返せるようになってしまっていることだった。


「いないですよ〜」とか、「募集中ですけど全然です」とか、少し冗談っぽく言えば場が変な空気にならないことを、もう十分知っている。


知っているから、そうしてしまう。
でも本当は、そのあと毎回、うっすら疲れる。

ここで昔みたいに「恋愛の話を振られるのがつらい」というだけで終わらせたくなくて、今日は別のことを書きたい。
私が最近いちばん気になっているのは、質問の内容そのものより、相手の関心が“私の状態”ではなく“私の肩書き”に向いている感じのほうだった。

恋人がいるか、結婚したか、転職したか、痩せたか、何か新しい報告があるか。
そういう“結果”から先に確認される会話って、便利ではあるけれど、今の自分がどんな日を過ごしているか、何に少し傷ついていて、何にちょっと救われているか、そういう曖昧で途中のものが、最初からなかったことにされやすい。

心理支援や対人援助の分野では、相手が自分の言葉で話を広げられるオープンな質問が、相手の視点を理解しやすくし、対話を進めやすくするとされている。たとえば SAMHSA の資料では、開かれた質問は相手に考えたり詳しく話したりする余地を与えると説明されていて、NAMI の危機対応ガイドでも、相手の話を明確にするために open-ended questions を使うことが勧められている。

今日あった小さな出来事は、コンビニのレジ前で急に思い出した

そのあと駅ナカのコンビニで、お昼用におにぎりとカフェラテを買った。
レジに並んでいるあいだ、さっきの会話が妙に尾を引いていて、「彼氏いないの?」の何がそんなに引っかかったんだろう、と考えていたら、不意に、去年たまに会っていた別の知人のことを思い出した。

その人は、恋愛のことも仕事のことも、最初から核心を刺す聞き方をしない人で、会うたびにだいたい「最近どう?」とだけ聞いてきた。
あの質問って、よく考えたらすごく雑にもできるし、すごく優しくもできる。
でも、少なくとも「最近どう?」には、こちらがどこから話し始めてもいい余白がある。

仕事がしんどいなら仕事の話をしてもいいし、家のことでも、体調でも、何もないなら「特に変わりなくて」と終わってもいい。


恋愛のことを話したければ自分で出せばいいし、出したくなければ出さなくていい。
その自由があるだけで、人って少し救われるんだと思う。

わかる……こっちは別に隠しているわけじゃないのに、答えたくないことを急に一問一答にされると、それだけでちょっと心が固くなること、ある。

ここ数年、私は「失礼な人に傷ついた」というより、「会話の入り口がいつも同じだと、自分までその型に合わせた返事しかできなくなる」ことのほうに、じわじわ違和感を覚えるようになった。


“恋人の有無”に合わせた顔、“仕事どう?”に合わせた顔、“最近何してるの?”に合わせた顔。
人って、聞かれ方によって、出す自分が変わる。


だから質問って、ただ情報を取りに行くものじゃなくて、相手にどの自分でここにいていいかを示すものなんだと思う。

私が誰にも言わなかった本音は、「その質問だと、私は雑に短くなる」ということ

たぶんいちばん誰にも言っていない本音はこれだった。
「彼氏いないの?」と聞かれると、傷つくというより先に、私はすごく“短く”なる。

会話を終わらせやすい返事を選ぶし、相手を困らせない表情を作るし、自分の本当の近況からどんどん離れていく。
昨日、夜中まで仕事して少し気持ちが沈んでいたことも、洗濯物を干しながら急に将来が心配になったことも、友達のLINEひとつで救われたことも、全部なかったみたいになる。


ただ「いる」「いない」だけが、その場の私になる。

これって少し大げさに聞こえるかもしれないけれど、人がつらいときに避けたい声かけとして、外傷や危機対応の文脈では踏み込みすぎる質問や“なぜ”で始まる問いは避けること、そしてまずは相手の話を聴くことが大事だとされている。

質問ひとつで相手が責められているように感じたり、話す自由を失ったりすることがあるからだ。

もちろん、恋愛の話題と危機対応を同列にはできない。
でも、相手がまだ整理できていないこと、うまく言葉にできていないことに対して、こちらがいきなり答えの形を指定してしまうと、その人の中間地点はこぼれやすい。


私はたぶん、その“こぼれ方”に疲れていたんだと思う。

たとえば本当は、恋人がいないこと自体より、
休日に一人で過ごすことにすっかり慣れた自分を少し寂しく感じる日があることとか、
でも同時に、誰かに無理に合わせず静かな夜を過ごせることに本気でほっとしていることとか、
そういう矛盾した気持ちのほうが、よっぽど今の私らしい。


なのに質問が「彼氏いる?」だと、その複雑さは全部、入口で落ちる。

最近ようやく気づいたのは、優しさって“何を聞くか”より“何を決めつけないか”なのかもしれない

女性

昔の私は、優しい人って、励ましてくれる人とか、元気づけてくれる人のことだと思っていた。
でも今は、そういう派手な優しさより先に、相手の人生を勝手にひとつの軸で測らない人のほうが、ずっと信頼できると感じる。

「最近どう?」は、すごく地味な言葉だ。
うまい励ましでもないし、気の利いた名言でもない。
でも、その質問には、「あなたの最近を、あなたの言い方で教えて」という姿勢がある。
少なくとも私は、そう受け取れる。

研究や支援現場で重視されるアクティブリスニングでも、開かれた質問は相手の話を引き出し、相手の視点を理解する助けになると説明されている。閉じた質問が悪いわけではないけれど、相手の世界を狭く切り取ってしまいやすい。

だから最近、私も人に会ったとき、前より少しだけ質問を変えるようになった。
「結婚は?」ではなく、「最近、何に時間使ってる?」
「仕事どう?」ではなく、「今いちばんしんどいのって何?」とまでは言わないけれど、「最近どう?」くらいの余白を残す。
相手が話したいところから話せるようにしておくと、会話って意外と深くなる。


そして不思議だけど、そのほうがこちらも安心する。

今日の小さな気づきは、たぶんここに尽きる。
私は“恋愛の質問が嫌な人”というより、“自分の今をひとつのラベルで処理されるのがしんどい人”になっていた。
そしてそれは、たぶん私だけじゃない。

恋人の有無じゃなく、最近眠れているかもしれない。
ちゃんと食べられているかもしれない。
仕事で少し削られているのかもしれない。
なにも起きていないように見えて、心の中だけ忙しい人もいる。


そういうときに、「最近どう?」って、案外ちゃんとした救命具みたいな言葉なんだと思う。

帰宅して、朝から見て見ぬふりをしていたマグカップをようやく洗った。
たったそれだけなのに、少しだけ気持ちが静かになった。
今日あったことを思い返しながら、私はたぶんこれからも、聞かれたくない質問にうまく笑ってしまう日があるんだろうと思う。
急に強くはなれないし、その場で上手に言い返せるタイプでもない。

でもせめて、自分が誰かに何かを聞くときには、答えを急がせる聞き方じゃなく、その人の最近をその人の形のまま置ける聞き方をしたい。
優しさって、正解を知っていることじゃなくて、相手の中にまだ言葉になっていないものがある前提で待てることなのかもしれない。

あなたは最近、誰かにどんなふうに聞かれて、少し楽でしたか。

◆>>女性のリズムを整える葉酸サプリ【ベルタプレリズム】
元気な女性

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次