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誰にも会わない夜に食べたい、黄金の焼菓子チョコレートケーキが心に残った理由

チョコレート
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うまくいかない夜に選んだ、金箔がきらめくチョコレートケーキという静かなご褒美

チョコレート

駅前の小さな花屋の前で、息が白くなった。金曜日の夜、改札を抜けた人たちが、みんな「帰る場所」を持っているみたいに見えた。私は手袋の中で指をぎゅっと握って、今日の失敗を数えないようにしていた。

昼間、うまくいかなかったことがある。たったひとつの言い方で、空気がきゅっと固まってしまった。誰かを怒らせたいわけじゃないのに、わたしの口から出る言葉は、時々、温度を間違える。謝った。笑った。平気なふりもした。でも帰り道、胸の奥で「いやだった」の方がずっと残って、反省と別の名前で居座った。

コンビニに寄ったのは、甘いものが欲しかったからというより、家にまっすぐ帰るのが怖かったからだと思う。冷蔵棚の前に立って、プリンもアイスも見たのに、決められないままふらふらして、結局、スマホを開いた。なんとなく開いたページで、目が止まったのが「チョコレートケーキ 黄金の焼菓子」だった。

画面の中のケーキは、やけに堂々としていた。表面いっぱいに金箔が貼られていて、見た目だけで「ちゃんとしてる」って言ってくる。金箔って、正直、味がどうこうじゃなくて、気持ちの構えの方を変えてくる素材だと思う。自分の生活には似合わない、と一瞬思うのに、同時に「似合わないって決めつける癖の方が、もう飽きた」とも思ってしまう。

説明には、一面に金箔を大胆にあしらって、口どけの良いスイートチョコレートを刻んで焼き上げた、と書いてあった。チョコの濃厚さに、ほのかな洋酒の香りが広がるらしい。さらに「黄金の焼菓子は常温でねかせておくほどに洋酒が染み込み、マイルドな風味になる熟成ケーキ」とも。食べ物に「ねかせる」という時間が含まれているだけで、なんだか救われる。急いで答えを出さなくてもいい、みたいな顔をしてくれるから。

私は、そんなに贅沢が得意じゃない。誰かに「いいね」って言われるような買い物をすると、すぐ罪悪感が出てくる。頑張ってるわけでもないのに、って。だけど今日の私は、頑張ったか頑張ってないかで言うと、たぶん頑張ってない。でも、耐えた。表情を崩さないように耐えた。だから、ゼロではない。ゼロじゃない日の自分に、ちょっと変なご褒美をあげてもいい気がした。

注文ボタンを押す瞬間、手が少し震えた。値段は税込2,268円。私の中の「贅沢警察」がすぐに笛を吹く金額。だけど、その笛の音より先に、金箔の光が目に入ってしまって、もう後戻りできなかった。

届いた箱は、想像より静かだった。派手さの中にちゃんと礼儀がある感じ。開けた瞬間、金色が「眩しい!」じゃなくて「お邪魔します」って挨拶してきたのが意外だった。私は誰にも見せないスピードで、ひとりでテンションが上がって、すぐ恥ずかしくなった。こういう感情の揺れが、いちいち面倒だなと思う。でも、面倒くささの中にしか、生きてる感じがない。


金箔の上で、言い訳がほどける

包丁を入れると、金箔がふわっとよれる。薄いのに、ちゃんと存在している。チョコレートの生地には、刻まれたスイートチョコが点々と見えて、焼菓子の「真面目さ」がある。口に入れた瞬間、甘さがどんと来るかと思ったら、意外と輪郭が丸い。濃厚なのに、角が立っていない。そこに、ふわっと洋酒の香りが遅れて追いかけてくる。私はその遅れに、今日の自分を重ねてしまった。ちゃんとしたつもりで、でも遅れて、結局うまくいかない。なのに、遅れてきたものが、案外いちばんいいところに触れることもある。

「味は可もなく不可もなく、でも見た目がすべてを補って余りある」みたいなレビューも見かけた。わかる。見た目って、結局、心に先に触る。私は見た目で救われる瞬間があるのを、ずっと認めたくなかっただけかもしれない。

食べながら、昼間の場面が蘇ってきた。あのとき私は、正しいことを言ったのかもしれない。でも正しさって、誰かの一日を救うより、誰かの機嫌を悪くする方が得意だったりする。私は、正しさが欲しかったんじゃなくて、安心が欲しかったんだと思う。自分がここにいていい、っていう確認。けれど確認の仕方が下手で、言葉にしてしまうから、空気が壊れる。

ケーキの金箔を見ていると、不思議と「このくらい派手でも許される」って気持ちになる。派手なのに、品がある。強いのに、薄い。私も、そういう矛盾をもう少し抱えていいのかな。強がりじゃなくて、薄いまま強い、みたいな。

冷蔵庫で冷やす数時間が、私の心の待機時間

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説明に「数時間前に冷蔵庫で冷やすと一層おいしい」とあって、私は素直に従った。数時間。たったそれだけの待ち時間が、今日は妙に大事だった。冷蔵庫に入れた瞬間、私は「今すぐ甘さで塗りつぶしたい」を一回保留にできた。保留って、逃げじゃなくて、呼吸なのかもしれない。

待っている間に、シャワーを浴びて、髪を乾かして、洗濯物を畳んだ。何も解決していないのに、部屋の空気が少し整う。整った空気の中でケーキを食べると、同じ甘さでも、刺さらない。むしろ、ゆっくり染みる。常温でねかせるほど洋酒が染み込んでマイルドになる、という説明が、やっと身体に入ってくる。焦りで噛みつくみたいに食べる甘さと、落ち着いて迎え入れる甘さは、別物だ。

今日、うまくいかなかったことは、たぶん明日も完全には消えない。私の中の「反省係」は、夜に強い。ベッドに入ってから、急に優秀になる。でも、金箔が貼られた焼菓子を前にすると、その反省係も少し黙る。黙った分だけ、別の声が聞こえる。「あなたは、あなたのままで、まあまあやってる」みたいな、小さくて頼りない声。

私は、こういう声をすぐ信じられない。信じたいのに、信じ切ると怖い。信じ切ったあとに、またうまくいかなかったら、立ち直れない気がするから。だから、今日も答えを出さない。出せない。でも、答えを出せない夜を、金箔が少しだけ明るくしてくれたのは本当だ。

ギフト向けの商品説明を読むと、手土産やお祝いに、みたいな言葉が並んでいる。私は今日、このケーキを誰にも渡さなかった。自分だけで食べた。たぶん、ちょっとだけ寂しい。でも同時に、自分に渡せたことが嬉しい。私って、誰かに喜ばせてもらうことは期待するくせに、自分を喜ばせることは後回しにする。

「黄金」って、派手で、軽くて、嘘っぽいイメージもある。だけど、薄い金箔がちゃんと貼られているのを見ると、嘘じゃない努力を感じる。薄いものを破らずにのせる手つき。見せるための手間。見せるための丁寧さ。私は今日、誰にも見せていないところで、丁寧さを失っていた。だから、金箔の丁寧さが、痛いほど眩しい。

それでも、食べ終わった皿を洗っているとき、ふと、昼間の出来事が「絶対に取り返しがつかない失敗」ではない気がしてきた。たぶん私は、関係を壊したんじゃなくて、ちょっと曇らせただけかもしれない。曇ったなら、拭けばいい。拭いても跡が残るなら、その跡ごと一緒に仕事をすればいい。簡単に言えるほど、私は強くないけど。

金箔のケーキを買った夜が、人生を変えるわけじゃない。明日も私は、言い方を間違えるかもしれない。誰かの目が怖くて、また甘い棚の前で立ち尽くすかもしれない。でも、「数時間冷やしてから食べる」という小さな手順を守れた自分がいる。焦りを一回保留にできた自分がいる。そのことだけは、今日の私の中で、静かに光っている。

食べ終わったあと、金箔の残像みたいなものが視界に残った。眩しさじゃなくて、余韻。私はその余韻を、うまく言葉にできないまま、部屋の電気を少しだけ落とした。

答えは、まだ焼き上がっていない。


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