何もしたくない日に限って気になる肌より、責めてくる自分がつらかった

冬の朝って、部屋の空気がいちばん正直だと思う。
起きた瞬間のひんやりした静けさと、カーテンの隙間から入る白っぽい光。加湿器の水が切れている音だけが、やけに大きく聞こえる。
洗面所に立って、鏡の前で一瞬だけ止まった。
顔を洗って、タオルで拭いて、ここから“いつもの手順”に入るはずなのに。今日はなぜか、手が動かなかった。
「スキンケアは面倒!!」って、頭の中で叫んでる自分がいる。
いや、叫ぶというより…ちょっとだけ、うんざりしてる。
スキンケアが面倒な日ほど、いちばん自分に嘘をつきたくなる
きっかけは、本当に小さな出来事だった。
洗面台の横に置いてあるコットンが、昨夜のまま微妙に散らかっていて。たったそれだけで、なんか全部がイヤになった。
「この散らかりを見て、ちゃんとしてないって思うの、誰?」
って、鏡越しに自分に聞いた。もちろん答えは、自分。
誰にも言わなかった本音はこれ。
“肌のため”って言いながら、結局は「ちゃんとしてる私」でいたいだけなんじゃない?って。
スキンケアって、やさしい行為のはずなのに、私の場合たまに「課題」になる。
仕事のタスクみたいに、できた・できないで自分を採点してしまう。
それで今日みたいに、面倒が勝つと、途端に気持ちが荒れる。
「どうせ続かないし」「私ってこういうとこある」って、最悪の自己ツッコミが始まる。
……ほんと、自分にだけ当たりが強い。
でも、ふと違和感があった。
面倒なのはスキンケアそのものじゃなくて“面倒だと思ってしまう自分を、責める作業”がいちばん面倒なんじゃないかって。
わかる…って思ってくれる人、きっといるよね。
やる気がない日より、「やる気がない自分が許せない日」のほうがしんどい。
「やらない」じゃなくて「減らす」で、今日は逃げてみた
結局、今日は全部はやらなかった。
だけど、ゼロにもしてない。洗面所の棚の前で、いちばん簡単にできることだけ選んだ。
それは、ものすごく地味な小さな行動。
“手順をこなす”じゃなくて、「今の私がやれる範囲で終わらせる」って決めただけ。
その瞬間、ちょっとだけ心が軽くなった。
スキンケアが面倒な日は、肌より先に、気持ちが疲れてる。
たぶん私、ちゃんとすることに疲れてたんだと思う。
ささやかな変化は、帰宅後にもう一回あった。
夜、同じ洗面所に立ったとき、朝より少しだけ「自分に乱暴じゃない」気がした。
やらなかった自分を責めないって、こんなに静かな夜を作るんだなって。
もちろん、明日も面倒かもしれない。
むしろまた面倒になる可能性のほうが高い。私はそういうタイプ。
でも、面倒な自分を“ダメ”にしなくてもいいって、今日はほんの少しだけ覚えた。
…ねえ、あなたはどう?
「面倒」って思ったとき、自分にどんな言葉をかけてる?





