ベッドの上で何もできない夜に、耳だけ借りる新しい読書習慣と無料トライアル延長のやさしい選択

22時を少し過ぎたコンビニは、昼間よりも静かなくせに、なんだか人の生活の匂いだけは濃くて、温めてもらったグラタンの湯気と、洗いたてじゃない床の洗剤っぽい匂いと、レジ横の揚げ物の油の気配が、ぜんぶ混ざっていた。
外に出ると、四月の夜はもう冬ほどやさしくなくて、でも夏みたいに割り切ってもくれなくて、薄い上着の袖口から入ってくる風が、妙に現実的だった。
アプリの通知は増えているのに、会いたい人からの連絡はない、みたいな夜。片手にコンビニ袋、もう片方の手でスマホを見たら、また誰かの「朝活」「資格勉強」「自分を整えるルーティン」が流れてきて、えらいなあと思う前に、ああ、今日も私はちゃんと疲れてるな、と思った。
部屋に帰ると、朝脱ぎっぱなしにした部屋着がベッドの端に引っかかっていて、テーブルの上には昨日飲みきれなかったカフェラテが、少しだけ色を濃くして残っていた。
こういうとき、きちんとして見られがちな人ほど、生活の裏側は案外ぐしゃっとしているのかもしれない、なんて、自分に都合のいいことを考える。
誰にも言っていないけれど、私は夜になると、ちゃんとしている自分の皮が少しだけ剥がれる。仕事では笑って、気を遣って、感じよく返して、鏡に映る顔色まで気にしていたのに、家に入った瞬間、全部が急に面倒になる。お風呂もスキンケアも、将来のことを考えるのも。
そんな夜に、audiobook.jpのキャンペーンのことを見かけた。
ご提示いただいた内容では、4月7日から4月20日まで、聴き放題プランの無料トライアルが通常14日間から30日間に延長されて、さらに年割プランで初回課金した人の中から抽選で3名にAirPodsが当たるらしい。
30日間の延長自体は無料トライアル登録者が対象で、AirPodsは年割プランの初回課金者だけ、月額プランは対象外。こういう条件を読む自分、嫌いじゃない。
ちゃんと小さい字まで読むくせに、人生の大事な場面ではわりと勢いで傷ついたりするのに、こういうキャンペーンの条件だけは妙に真面目に確認する。たぶん、失敗しても金額で済むもののほうが、恋愛よりずっと扱いやすい。
audiobook.jpの公式ページを見ると、聴き放題プランは、プロのナレーターや声優が朗読した作品を好きなだけ聴けて、オフライン再生もできて、再生速度も0.5倍から4倍まで調整できるらしい。
年割なら月額換算で833円、通常の月額プランは1330円で、公式案内では無料体験は通常14日間になっている。作品数も1万5千点以上とあって、移動中や作業中に使いやすい機能がそろっているらしい。
歩いているときも、ドライヤーをかけているときも、洗濯物を畳んでいるときも、本を読む体力がない日ってある。というより、そういう日のほうが多い。
ちゃんと座って、机に向かって、ページをめくって、静かに吸収する、みたいな立派な読書からこぼれる日が、私には結構ある。こぼれるというか、ほぼ毎日こぼれてる。
少し前、婚活アプリで会った人に、「まじめだよね」と言われたことがあった。褒め言葉みたいに聞こえるけど、あのときの私はなぜか少しだけモヤっとした。
まじめ、って、扱いやすいの言い換えみたいに聞こえる日がある。ちゃんとしてる、気が利く、落ち着いてる、そのへんもたぶん同じで、外側だけ見れば便利な人なのかもしれない。
でも、家でひとりでいるときの私は、コンタクトも早く外したいし、メイクも適当に落としたいし、将来のことは見て見ぬふりしたいし、誰かに「今日もう無理だった」とだけ送って、ちゃんと返事がこなくてもいいから、送信済みの丸い吹き出しだけ見ていたい夜がある。
耳で聴く、というものに少し惹かれるのは、そういう、ちゃんとできない自分を見逃してくれる感じがあるからかもしれない。
本を読むことすら、最近はどこか「ちゃんとしてる人の習慣」みたいに見えてしまうときがある。だから、歯を磨きながらでも、髪を乾かしながらでも、ベッドに転がったままでも入ってこられる言葉、というのは、思っているよりやさしい。
自分磨きって、気合いの入った朝の白湯とか、予定の詰まった休日だけじゃなくて、誰にも見せない夜の省エネみたいなところにも、ほんとは少しあるのかもしれないのに、SNSを見ていると、そのへんがごっそり抜け落ちて見える。
みんな朝日とともに立派に生きていて、私は23時にグラタンを食べながら無料体験のページを開いている。笑うところなのか、救われるところなのか、自分でもまだよくわからない。
それでも、こういうキャンペーンに少し心が動くのは、AirPodsが欲しいから、だけではたぶんない。
もちろん欲しい。普通に欲しい。ワイヤレスイヤホンって、なんか生活が整っている人の持ち物みたいで、バッグからすっと出てきたらかっこいいし。けれどそれより、30日という数字に、ちょっとだけ期待してしまう。
二週間だと、忙しかったで終わる。気づいたら忘れていた、でも終われる。三十日だと、少しだけ生活に混ざる気がする。通勤の往復、寝る前の十数分、休みの日の洗濯。
何も変わらないみたいな日にも、声だけは流れて、部屋の空気が少しだけ別のものになる。その程度の変化を、私は意外と信じている。大きく変わるとか、人生が動き出すとか、そういう派手な言い方はどうも自分には似合わないけれど、しんどい夜の密度が少しだけ薄くなるなら、それはかなり助かる。
こういうものを試すとき、ほんとうは何を期待しているんだろうと思う。知識が増えることなのか、時間を有効活用できる自分になることなのか、それとも、何もできなかった日を、何もしていない日にはしたくないだけなのか。
たぶん全部少しずつで、どれも言い切るほどじゃない。ちゃんとしていたいのに、ずっとちゃんとするのは疲れる。その矛盾の中で、耳だけ貸せばいいものに惹かれる夜がある。
読みたい本はあるのに読めない、変わりたいのに急には動けない、何かしたいのに今日はもうメイク落とすので精一杯、みたいな夜。あれって、怠けているというより、もうこれ以上うまくやれないだけなんじゃないか、とたまに思う。
無料期間が延びるとか、抽選で何か当たるとか、表面だけ見ればよくある販促なのに、疲れている夜には妙にやさしく見えることがある。頑張れる人のための扉じゃなくて、頑張れなかった日の人にも一応開いている感じがするからかもしれない。
もちろん、登録しただけで人生が整うわけじゃないし、聴き放題にしたから本命になれるわけでも、急に肌がつやつやするわけでもない。ただ、何もできなかった夜に、何かひとつだけ生活の中へ入れてみる、その入口としては、こういうものはちょうどいい気もする。
これって、私だけなんだろうか。
変わりたいというより、崩れすぎないでいたいだけの夜がある。
ベッドの上でスマホを伏せたら、窓の外を走る車の音が少し遠くなって、部屋の中には、まだコンビニのチーズっぽい匂いが残っていた。
また、明日になれば忘れてしまう気もする。





