未来の話をされると少し黙ってしまう私が、アロベビー葉酸サプリを買った日のこと

今日うまくいかなかったことは、たぶん「返事」だと思う。
昼休み、同僚が何気なく振ってきた話題に、私はうまく笑えなかった。赤ちゃんの写真。週末の親戚の集まり。誰かの「おめでとう」の輪郭。私はその輪郭に、いつもより近づきすぎて、むしろ自分の顔が見えなくなった。
場所は駅前のドラッグストア。時間は夜の八時前。外は乾いた寒さで、エスカレーターの風が白い息を押し戻してくる。店内は、柔らかい音楽とポイント倍デーのポスターで、やたらと明るい。明るさって、ときどき私の気持ちを置き去りにする。
レジに並びながら、手にしている小さな箱を見た。アロベビーの葉酸サプリ。買い物のはずなのに、心臓だけが「重要なことです」って顔をしていた。
私は妊娠しているわけじゃない。誰かと具体的に予定しているわけでもない。なのに、あの箱が、今の私にとって「未来のパスポート」みたいに見えた瞬間があって、その自分がちょっと怖かった。
買う理由を言葉にしたら、たぶん薄い。けれど、買わない理由を言葉にしたら、もっと薄い。だから私は、薄い理由のまま、袋を握ってしまった。
レジ袋の音が、私の中の「急ぎたくない」をこすってきた

家に帰って、コートを脱いで、靴下だけになった足先でフローリングの冷たさを確かめる。部屋は静かで、加湿器の小さな音が、唯一の生き物みたいに動いていた。
キッチンの隅に置いた箱は、びっくりするほど普通の顔をしている。私が勝手に意味を乗せただけなのに、箱は、そんなこと知らないよって言わんばかり。
ネットで見た説明を、私は何度か読み返した。1日4粒が目安で、1袋は120粒。葉酸はモノグルタミン酸型で400μg、鉄が15mg、カルシウムが230mg。DHAや乳酸菌も入っている、という。
数字が並ぶと、気持ちが一旦落ち着く。感情はグラグラしているのに、数字はいつもまっすぐだから。
だけど、その「落ち着き」は、私にとって優しいのか、逃げ道なのか、まだ分からない。
そもそも、私は今日、何にモヤっとしたんだろう。
同僚の話題に、妬んだわけじゃない。祝えなかったわけでもない。ただ、祝う言葉のあとに、私の心が少し遅れてついてきた。その遅れが、私には「欠点」みたいに感じられた。
「私はちゃんと大人なんだろうか」
「私はちゃんと未来を選べるんだろうか」
そんな疑問が、レジ袋のカサカサした音に混ざって、帰り道にずっと揺れていた。
葉酸サプリって、もっと明確な人が飲むものだと思っていた。妊活、妊娠中、授乳中——そこに名前がつく人たち。
私は今、そのどれでもない。
なのに「どれでもない私」が、箱を買ってしまった。これが、今日の「うまくいかなかったこと」なのかもしれない。必要のないものを買った、という意味じゃなくて、自分の気持ちに名前をつけられないまま、手だけが先に動いた、という意味で。
夜ごはんは、冷凍のパスタにした。レンジの中で回る音が、妙に安心する。回っているものを見ると、何かが進んでいる気がするから。
でも私の気持ちは、回っていない。前にも進んでいない。立ち止まったまま、ただ「先のこと」を想像して、そのたびに自分に小さな圧をかけている。
圧って、静かな部屋ではよく聞こえる。
箱を開けて、錠剤を一粒、指に乗せてみた。思ったより、ちゃんとした形で、ちゃんとした重さがある。
飲むのが怖い、というより、「飲んだ私」になるのが少し怖い。
たった一粒で人生が変わるわけじゃないのに、たった一粒が、私の心の中で勝手に境界線を引く。こっち側は「今の私」、あっち側は「将来の私」。
その境界線が、私の部屋にまで引かれてしまった感じがして、息が浅くなった。
定期便だと初回が安い、とも書いてあった。初回980円(税抜)とか、返金保証とか、割引率とか。
こういう「続けやすさ」の言葉は、いつも上手だ。上手だから、私はたまに反発したくなる。
続けやすい、って、続けることが前提になってしまうから。
私の暮らしは、すぐ「続ける」になれない日がある。余裕がない日、落ち込む日、理由が説明できない日。そんな日に、私は自分を責める癖がある。
だから「続けやすい」は、優しさにも見えるし、少しだけ、プレッシャーにも見える。
ここで、私が一番モヤっとしているのは、「未来のために」って言葉かもしれない。
未来のために、貯金する。未来のために、勉強する。未来のために、体を整える。未来のために、葉酸を摂る。
未来のために、って、すごく正しい。でも正しさは、ときどき私の今日を薄くする。
今日の私は、ただ、うまく笑えなかっただけ。今日の私は、ただ、少し置いていかれた気がしただけ。
その「だけ」を抱えたまま、未来の話に飛び乗ろうとすると、心が追いつかない。
SNSでは、「妊活は準備が大事」「飲むなら早いほうがいい」みたいな言葉が、すごい勢いで流れてくる。
それは善意だし、経験者の言葉だし、誰かの背中を押している。
でも、私にとっては、押されることがそのまま救いにならない日もある。
押されると、私は「遅れている自分」ばかり見てしまうから。
私はいま、子どもが欲しいのかな。
欲しいのかもしれないし、欲しいと言ってみたいだけなのかもしれない。
「ひとり暮らしのままでもいい」と思える日もあるし、「ひとり暮らしがずっと続いたらどうしよう」と思う夜もある。
この揺れのどちらかを消してしまうのが正解だとは、まだ思えない。
ただ、揺れていること自体を、もう少し許せたらいいのに、とも思う。
錠剤を飲まずに、私はコップに水だけ入れて、その水を飲んだ。
水は水の味しかしなくて、当たり前すぎて、逆に泣きそうになった。
今日の私は、答えを出せない。
飲むのが正しいのか、飲まないのが正しいのかじゃなくて、「正しい」に寄りかかりたくなる自分が、少ししんどい。
アロベビーの葉酸サプリが無添加だとか、妊娠期に必要な栄養をバランスよく、みたいな説明を読むと、確かに安心する。
でも安心って、薄い布みたいだ。掛けた瞬間は温かいのに、風が吹くとすぐ揺れる。
私が本当に欲しいのは、布じゃなくて、揺れてもいいって言ってくれる場所なのかもしれない。
それが、サプリの箱の中に入っているわけじゃないのに、私はつい、そこに期待してしまう。
それでも、箱を買った私を、全面的に否定はしたくない。
「準備」という言葉が怖いなら、「お守り」と呼べばいいかもしれない。
お守りは、信じ切らなくても持てる。持っているだけで、少しだけ呼吸が整うことがある。
私にとっての今日の箱は、たぶんその程度でいい。
飲むかどうかは、明日決めてもいい。明後日でもいい。
人生の大事なことを、いつも即決できる人なんて、そういない。
私だけがグズグズしているわけじゃない、と言い聞かせながら、冷蔵庫を開けて、プリンの賞味期限を確認する。
こういう「今の生活」を、私はちゃんと愛している。
未来だけが大事なんじゃなくて、今を雑に扱いたくない。だからこそ、未来の話に簡単に乗れない。
もし、あの同僚が私の顔色を気にしていたら、どうしよう。
もし、私が変な沈黙を作ってしまっていたら、どうしよう。
でも、そういう「どうしよう」を抱えた夜ほど、翌朝には案外、何事もなかったように日常が始まる。
日常は残酷で、優しい。忘れさせるし、続けさせる。
箱は、キッチンの隅でまだ黙っている。
私は、その黙り方に少し救われている。
「飲んでね」と急かさないし、「飲まないでね」と責めない。
ただ、そこにある。
私が今日、うまくいかなかったのは、きっと「自分の気持ちをすぐ言語化できなかったこと」だ。
言語化できないと、私はすぐ、買い物で埋めようとする。
でも、その買い物が、必ずしも悪いわけじゃない。
悪いのは、埋めたつもりで、埋まっていないことに気づかないふりをすること。
じゃあ、私は何を埋めたかったんだろう。
未来への不安?
置いていかれる怖さ?
それとも、誰かの幸せに触れたときに、自分の輪郭が薄くなる感じ?
答えはまだ出ない。出さなくてもいい、と今は思いたい。
ただ、ひとつだけ。
今日の私は、未来に向かう強さよりも、「揺れている今」を丁寧に抱える力が欲しかった。
葉酸サプリは、その力を直接くれるわけじゃない。
でも、私が「丁寧にしたい」と思った瞬間の証拠として、箱はここにいる。
明日、私は飲むかもしれない。飲まないかもしれない。
どちらでも、私の今日のモヤモヤが全部消えるわけじゃない。
消えないけど、消えないまま暮らしていける日も、きっとある。
そういえば、今日の帰り道、駅のホームで妊婦さんが手すりに寄りかかっていた。マフラーの端を握る手が、少しだけ震えていて、寒さなのか、体調なのか分からない。隣にいたパートナーらしき人が、何も言わずにペットボトルを渡していた。その「言わない」の優しさに、私は目を逸らした。
私は、言葉で全部説明しないと不安になるくせに、いざ大事なことになると黙ってしまう。黙ることで、傷つかずに済むと思っているのかもしれない。
でも、黙ったまま抱えていると、気持ちは勝手に形を変える。今日の私のモヤモヤも、たぶんその途中だ。
箱を見ながら、ふと「私の体って、私が思っているより働いているんだろうな」と思った。眠っている間も、食べたものを分解して、体温を保って、明日に連れていってくれる。私が何も決められない夜でも、体は勝手に生きている。
そのことが、急にありがたくて、急に申し訳なくなった。
箱の角に触れた指先だけが、まだ少しだけ未来の温度を探している。





