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自分を後回しにしなくなった朝から、少しずつ顔つきが変わりはじめた話

ダイエット中の女性
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「ちゃんと整えたかったのは、体じゃなくて“生活の扱い方”だった」

運動をする女性

今朝、窓の外がやけに白くて、カーテンの隙間から入ってくる光も冬っぽくて、部屋の空気がいつもより乾いているのがわかりました。
加湿器の水が切れていて、喉の奥が少しだけザラつく感じがして、「あ、これ昨日の私が放置したやつだ」って、眠い頭のまま思いました。
起きてすぐに着替える気にもなれなくて、靴下だけ履いて、キッチンまでぺたぺた歩いて、電気ケトルのスイッチを押したら、カチッという小さな音が部屋に響いて、なんだかそれが今日の合図みたいでした。

本当は、今日も“ちゃんとした朝”にしたかったんです。
朝ごはんを食べて、洗面台を軽く拭いて、机の上の紙の山を片付けて、気持ちよく仕事に入る…みたいな、理想だけはいつもある。
でも現実の私は、ケトルが沸くまでの数分で、スマホを見て、布団の中で見たくもない情報に触れて、心がじわっと疲れるのが早いタイプで、そこから全部がズルズル崩れるのも知ってる。

今日のテーマが「痩せる」とか「体」とかじゃないのに、私の頭の片隅はずっとその方向に引っ張られがちで、たぶんそれは“体型”そのものじゃなくて、「うまくいってない自分」をどこかで処罰したいクセみたいなものなんだと思います。
だからこそ、今日の私は違う場所に目を向けるって決めました。
体じゃなくて、生活の中の“小さな扱い方”を、いったん見直してみることにしたんです。


いつもの「雑」を、ひとつだけ拾い直す

今日実際に起きた小さな出来事は、すごく地味です。
玄関で、宅配の不在票を見つけたんです。ポストの中じゃなくて、床に落ちていました。たぶん昨日、帰ってきたときにチラ見して、そのまま上着を脱いで、バッグを放って、玄関の床に落ちたまま踏んで、気づかないふりをしたやつ。

不在票って、内容はただの紙なのに、見つけた瞬間に「やってないことが増えてる」って感覚がぐっとくる。
「私、こういうのほんと多いな」って、自分に対して雑な評価を下す材料にしやすい紙なんですよね。
それで結局、気分が沈む。気分が沈むから、また雑になる。永遠にループ。

私は今日、その不在票を拾い上げて、台所のマグネットに貼りました。
ただそれだけ。再配達の連絡もまだしてない。
でも「床に落ちていたものを拾って、目につく場所に置く」って行動が、思ったよりも胸の奥を軽くしました。

このとき心の中で浮かんだ、誰にも言わなかった本音があって。
「不在票って、私の“暮らしの信用”を削ってくる」って思ったんです。
誰かに言ったら笑われそうだけど、本気でそう感じた。
“生活が回ってない人”って自分にレッテルを貼られるみたいで、たった一枚の紙に負けた気がして、情けなくなる。

ここで気づいた違和感がひとつあります。
私は「やるべきこと」が溜まるのが嫌なんじゃなくて、「溜めてしまう自分を、雑に扱うこと」が嫌だったんだなって。
タスクが増えるのは人生だから仕方ないのに、私はその度に“自分の価値”まで下げてしまう癖がある。
不在票を床に放置したことより、放置した自分を「はい、またダメ」って裁くほうが、ずっとキツい。

読者のあなたも、きっとこういうのあると思うんです。
やること自体より、「またできなかった」っていう小さな失望の積み重ねのほうが、地味に心を削るやつ。
わかる…って言いたくなるのって、たぶんそういう“生活の小さな負け”が続いた日の夜ですよね。


“整える”って、派手な改善じゃなくて「回収」なんだと思った

昼過ぎ、仕事の合間に、シンクに置きっぱなしだったコップを洗いました。
洗って、拭いて、戻す。
これも、すごく地味。誰にも褒められないし、SNSに載せるほどのことでもないし、何なら「それ普通では?」って言われる。

でも私にとって今日は、これがちょっとした勝利でした。
なぜなら、そのコップは昨日の夜からずっとそこにいて、私は見るたびに「あとでやる」って先送りして、先送りするたびに、心が1ミリずつ沈むのを知ってたから。

そのとき浮かんだ本音は、もっと情けないやつで、
「コップひとつ洗えない自分、終わってる」って、私は本気で思ってました。
大げさだってわかってるのに、そう感じてしまう。
仕事はちゃんとしてるのに、生活の細部でつまずくと、全部が崩れた気がする。
しかも一人暮らしだと、それを誰にも修正してもらえないから、静かに溜まっていく。

そこで今日の小さな気づきが出てきました。
“整える”って、何か新しい習慣を足すことじゃなくて、散らかったものを回収していくことなんだなって。
生活の中に落ちている「未回収の自分」を、少しずつ拾い集める感じ。
それができると、部屋がきれいになる以上に、「私は私のことを見捨ててない」って感覚が残る。

たぶんここが、私がずっと勘違いしていたポイントです。
痩せるとか、結果が出るとか、目に見える変化が先に来ると思っていた。
でも現実は、その前に“扱い方”が変わる。
自分を雑に扱わなくなると、勝手に姿勢が変わったり、睡眠が少し整ったり、食べ方が落ち着いたり、顔つきが変わったりする。
その順番を、私は今まで逆にしてた。

……と書くと、きれいに聞こえるけど、正直、今日も私は完全に整ってない。
玄関の隅にはまだ段ボールがあるし、洗濯物は乾いたまま取り込んでないし、机の上の書類は山のまま。
ただ、今日の私は「散らかった生活」を責めるんじゃなくて、「回収できるぶんだけ回収しよう」っていう、妙に現実的な気分になれました。
それが新鮮でした。


“優しくする”って、甘やかすことじゃなくて「雑な扱いをやめる」こと

夕方、コンビニに行くついでに、郵便局の前を通ったとき、ふと体が重いまま歩いてるのに気づきました。
体の重さって、脂肪とか筋肉とかだけじゃなくて、たぶん“後回しの気持ち”も一緒に背負ってるんだと思います。
「やらなきゃ」「ちゃんとしなきゃ」が背中に乗ってると、歩き方まで雑になる。

そこで、今日の主軸にしたかった視点がここです。
私は今まで、“自分に優しくする”を、どこかで「怠ける言い訳」みたいに誤解していました。
だから優しくできない。優しくできないから疲れる。疲れるから雑になる。
このループが、生活の端っこにずっと残っていた。

でも今日、不在票を拾って貼ったり、コップを洗ったり、ただそれだけの行動をしたことで、
「優しくするって、甘やかすことじゃなくて、雑な扱いをやめることなんだ」って、やっと腑に落ちたんです。
自分に厳しくすることで成果が出ると思っていたけど、厳しさって時々、ただの“雑さ”になる。
雑に叱って、雑に落ち込んで、雑に諦める。
それって、どこにも向かわない。

今日の私が感じたささやかな変化は、目に見える結果じゃないです。
体重が減ったとか、何かが劇的に好転したとか、そんな話ではなくて、
「生活の中で、自分を見捨てる速度が少しだけ遅くなった」っていう変化。
それだけで、顔つきって変わるのかもしれない。
誰かに「最近なんか違う」って言われるのって、きっとこういう小さな積み重ねの、空気の変化なんだと思います。

それでも、私はまだ思う。
たぶん明日も、また何かを放置する。
また床に落ちるものがある。
またコップを置きっぱなしにするかもしれない。
でも、その度に「終わった」って切り捨てないで、回収できるぶんだけ回収する。
それを“自分の面倒を見る”って呼びたいです。

最後に、今日の締めとしてひとつだけ問いかけを残します。
もし今、あなたが「変わりたいのに変われない」って苦しくなっているなら、体を変える前に、生活の中で落ちている不在票みたいなものをひとつだけ拾ってみたら、何が起きるんだろう。
その小さな回収が、あなたの顔つきのほうを先に変えるかもしれないって、今日の私は少しだけ信じています。

ダイエット中の女性

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